断捨離のもとになった「断行・捨行・離行」というヨガの思想

断捨離のもとになった「断行・捨行・離行」というヨガの思想

近年、日常生活の整理法として広まっている「断捨離」は、単なる片付け術ではなく、深い哲学的背景を持つ行動様式です。この言葉は、日本のヨガ行者・やましたひでこ氏が提唱したものであり、その根底には古代インドのヨガ思想における「断行（だんぎょう）・捨行（しゃぎょう）・離行（りぎょう）」という教えが存在します。

この記事では、断捨離の思想的ルーツとも言えるこの三つの修行概念について詳しく解説し、それが現代の生活や思考にどうつながっているのかを読み解いていきます。

ヨガの哲学に根ざす「断行・捨行・離行」とは

古代インドの修行者たちは、解脱（精神的自由）を目指す過程で「執着から離れること」が何よりも重要とされてきました。その中で生まれたのが、「断行・捨行・離行」という三段階の修練です。

以下の表は、それぞれの行の意味と、断捨離との関係をまとめたものです。

このように、ヨガの修行としての「断・捨・離」は、外的な行動を通じて内面的な解放を得るというプロセスを示しています。これがやがて、現代の整理術「断捨離」に翻案され、より実践的な生活哲学として浸透していきました。

なぜヨガ思想は「物」から離れることを重視するのか

ヨガの哲学では、「苦しみは執着から生じる」と考えられています。これは仏教にも通じる考え方で、欲望や物欲、感情への執着が、心の平穏を乱す根源だという理解です。

そのため修行者たちは、意識的に持ち物を減らし、日常を簡素にし、精神の集中を高めることを目指しました。現代社会では、常にモノが溢れ、情報も過剰です。ヨガ的観点から見れば、これらはすべて“感覚を刺激するノイズ”であり、本来の自分と向き合うための妨げとも言えます。

断捨離における「物を捨てる行為」は、こうした過剰な刺激から自分を守り、思考と感情を整える第一歩となります。つまり、物理的に手放すことが、精神のクリアリングにつながるという考え方です。

『バガヴァッド・ギーター』から見る「執着を手放す」教え

インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』は、ヨガ思想の根幹をなす重要な経典です。その中でも、「執着を捨てて行動すること（離行）」に関する教えが繰り返し説かれています。

「行為の結果に執着することなく、自らの義務を果たせ。」
―『バガヴァッド・ギーター』第2章47節

この一節は「カルマ・ヨーガ」と呼ばれる実践法の要となる思想であり、行動はすべて「執着なく行う」ことが望ましいとされています。結果に執着することで心が乱れ、苦しみが生まれるため、行為そのものに集中し、終わったら手放すことが理想とされます。

これは断捨離における「捨てる」という行為が、物への執着を断ち、心の自由を得ることと深く通じます。

『ヨーガ・スートラ』における「離欲」の概念

『ヨーガ・スートラ』（パタンジャリ著）は、古典的なヨガの技法や哲学をまとめた経典で、「八支則（アシュタンガ・ヨガ）」と呼ばれる実践体系を示しています。

その中でも、2番目の段階である「ニヤマ（個人的な実践）」の中に、「サントーシャ（知足）」や「イーシュワラ・プラニダーナ（信仰の委ね）」といった、執着を手放す心の姿勢が含まれています。

さらに、『ヨーガ・スートラ』第1章15節にはこうあります。

「ヴィターガ（離欲）とは、目に見えるものや見えないもの、いずれの快楽にも執着しないことである。」
―『ヨーガ・スートラ』第1章15節（訳：佐保田鶴治）

この「離欲（ヴァイラーギャ）」の概念は、まさに離行（執着から離れる）の核心を表しています。物に対する欲望や所有へのこだわりを静かに観察し、必要でないものから距離をとる。それが、心の平安と集中を生むとされます。

断捨離に活きる経典の智慧

これらの教えは、すべて現代の断捨離に応用することができます。

断捨離は、単なる「片付け術」ではなく、インドの深い精神修行の知恵を日常生活に取り入れる行為でもあるのです。

現代に生きる私たちが学べる離行の意味

現代人にとって最も難しいのが「離行」、すなわち「執着を手放す」ことです。物そのものを捨てたとしても、それにまつわる思い出や未練、失うことへの恐れはなかなか消えるものではありません。

たとえば、もう着なくなった洋服を前に、「高かったのにもったいない」「いつか着るかもしれない」という感情が湧いてきます。これは物に対する執着であり、それを手放せないことで、自分の行動や選択も縛られてしまうのです。

ヨガの離行は、そうした感情そのものを観察し、認識し、受け入れたうえで、最終的には自由になることを目指します。このプロセスは、断捨離の実践においても非常に重要であり、「捨てる行為」そのものよりも、「捨てられる自分になること」が本質だとされています。

断捨離は日常生活における内なるヨガの実践

本来、ヨガは体を動かすポーズ（アーサナ）だけでなく、呼吸法（プラーナーヤーマ）や倫理的な行動、瞑想などを含む包括的な修行体系です。その中で、「断行・捨行・離行」は特に自己統制や精神的自立を育むための重要な要素です。

この思想を日常生活の中で実践しやすくしたのが「断捨離」という整理法です。身の回りの物を通じて、思考や感情のクセに気づき、生活の選択肢を減らすことで、結果的に自分の本音や本質が見えてくる。こうした点で、断捨離はまさに内なるヨガの実践であり、現代に生きる私たちにとって実用的で意味のある行動といえます。

古代の知恵が今に生きる「手放す力」

断捨離の原点である「断行・捨行・離行」は、単なる片付けではなく、人生の質を根本から整えるための内面の修行と深くつながっています。物や感情にとらわれず、シンプルな暮らしの中に豊かさを見いだす。その考え方は、目まぐるしく情報が飛び交う現代社会において、より一層価値を増しているといえるでしょう。

日々の生活に取り入れられる“思考の断捨離”こそが、自分の軸を取り戻し、より自由に、より自分らしく生きるための大きな鍵となるのです。